【ほしあす】タピオカを飲むまでのはなし

本屋、ファミレス、ゲームセンター。休日に出かけるとなると大体そんなコースになる。
無くなりかけていたノートと欲しかった参考書を買い、サイゼリヤでお安くランチをすませ、さてこれからゲーセンに行こうか。それとも他の店に入ってみようかな。
梅雨も明け強く刺すような日差しの中、シャロレーはフラッドと連れ立ってフラフラと駅前を闊歩し立ち並ぶ店を物色していた。
「う〜、あっつ〜……フラッド、平気? だいじょぶ?」
汗が滝のように溢れてくる。人体のどこにこれだけの水分があるのか、いや、人体の80%は水なのだったか。そんなことを考えながらフラッドに声をかけるが返事がない。
「あれ、……フラッド?」
……うん……?」
振り返ると、フラッドはぼんやりとシャロレーを見た。日焼けか暑さからかはわからないが顔は赤くなり、少し息が上がっていて、目は虚ろ。茹だっている。
「ふ、フラッドーーー!? おい、し、しっかりしろ〜!」
「あは……大丈夫、大丈夫……すごく元気……
「どこがだ!?」
完全に大丈夫ではない。シャロレーは慌ててフラッドを日陰に引っ張りこみ、腰掛けられる程度の花壇に半ば無理やり座らせた。先程駅前で配られていたうちわで扇いで顔周りに風を送りつつ、身をかがめてフラッドに視線を合わせる。
「体調悪くないか? なんか変なとこない?」
「ん……、大丈夫。でも、喉かわいた……
「わかった!」
周囲を見回すと、駅のエスカレーターの近くに自販機が何台か。コンビニはスクランブル交差点を渡った向こう岸にある。だが今いる場所からはどちらもだいぶ離れているし、この状態のフラッドを放置しておくのはそれはそれで心配だった。
シャロレーは少し悩んでから、自分のカバンから水のペットボトルを出し、キャップを外してフラッドに渡す。本当は冷たいものを渡してあげたかったのだが、ぬるくなってしまった水でも何も飲まないよりはマシだろう。
ペットボトルを受け取ると、フラッドはごくごくと一気にその中身を飲み干していく。口を離す頃にはいくらか具合が良くなった様子の彼に、シャロレーはほっと胸を撫で下ろす。
……これシャロレーのじゃない……? ごめん、ほとんど飲んじゃった」
「いーよ! 全部飲んじゃえ」
「じゃあもらうね」
二人の間の遠慮というものはこの数年でほとんど消え去っているため、フラッドは容赦なくペットボトルを空にして一息ついた。それを受け取るとキャップを閉めてカバンにしまい、シャロレーもフラッドの隣に座る。もちろんうちわは扇いだままだ。
「いや、今日、暑いね……
「ほんとになー。どうする、もう帰る?」
俺はどっちでもいいけど、と言えば、フラッドは少し不服そうに足をぶらつかせた。サンダルから覗く爪先の青をしばし見つめていたが、返答は無い。
おそらくシャロレーの口ぶりに含まれた「そろそろ帰ろう」という空気を汲んだのだろう。まだ帰りたくないのであれば気持ちはわかる。こんなに天気が良いのだ、あちこち遊んで回るには実にうってつけな休日だとは思う。
だがシャロレーはフラッドの体調が心配で仕方がなかった。彼が日光に弱いというのは知っていたのに、すぐに帰るようにせず連れ回してしまったという気持ちが強い。
うちわを扇ぐ手も止めて何と声をかけようか考えていると、そのうちわをフラッドがぱっと取り上げた。
「タピオカ飲みたいな」
「え、……たぴおか?」
パタパタと自分でうちわを扇ぐ彼にシャロレーは聞く。たぴおかとは、あのタピオカだろうか。以前二人で飲んだ黒い粒が入ったミルクティーを思いながら、うちわを奪われやり場を失った手を膝の上に置いた。
「そう、この前、寮のみんなで話しててね。また飲みたい、かもしれない」
喉も乾いたし、と続けるフラッド。タピオカは水分補給にはならないのではなかろうかと口から出そうになったものの、とある可能性に思い至り、シャロレーはなんとなしにフラッドへ言う。
「でもタピオカってめちゃくちゃ並ぶよな? フラッド、ここで待ってる?」
「うん? 俺も一緒に並ぶよ」
当たり前だろうと言わんばかりの声音でフラッドはにっこりと微笑む。その笑顔の意味するところは、あともう少しだけこの太陽の下で遊んでいたい、ということだろう。彼の具合さえ良くなったのならその提案を却下するはずもない。
「んじゃ、もうちょい休んだらタピオカ屋さん探しに行こ!」
「そうだね! どこが美味しいかな〜……あ、そうだ。帰ったらビニールプール出さないか?」
「あっいいなそれ! どこでやる?」
「校庭でよくない? 多分メリククン引きこもってるだろうし、彼も呼ぼう」
「名案〜! はるか先輩もいたらいいな、水でなんかすごいの作ってもらお!」
「春寮は誰かいないのかい?」
……わからん!」
店に入らずともおしゃべりはいつだって楽しい。少し休んで元気になったら、あの黒いプニプニを手に入れるため大通りを練り歩くのだ。
ふたりの「帰ったら何をするか」会議は盛り上がり、最終的にビニールプールにタピオカミルクティーを作ったら何杯分になるのかだとか、そういった話が太陽が少し傾くまで続いていたのであった。

その後、山羊座のふたりがナンパ女を撃退するのを目撃したり、同じくそれを見ていたらしい魚座のふたりがそそくさとその場を離れるのを目にしたり……そういうのはまた、別のお話。