「次はこういうのを作ろうと思うんだ!」
ノックもされずに扉が開いて、フラッドは部屋に入るなり手書きの図面を広げてみせた。
ベッドで雑誌を読んでいたシャロレーはそれを見てとりあえず居住まいを直す。今から部屋に行ってもいいかと聞かれて、いいよと返信したのが数分前。同じ敷地内とは言え冬寮と春寮にはそこそこの距離があり、しかもお互いの部屋は最上階。そのことから彼がだいぶ急ぎ足でここまで来たことは明白だ。
「ちょっと待って、よく見せて、なんか飲む?」
「紅茶がいいな!」
「りょーかい、んじゃそこ座ってて!」
ひとまず言いたいことを羅列すると元気な声が返ってきたので、座卓を指してクッションを床に放る。フラッドがどことなくソワソワとしながらクッションを抱えたのを見届けて、シャロレーは談話スペースに併設されたキッチンで二人分の紅茶を淹れた。電気ケトルとティーバッグは実に素晴らしい発明である。
この紅茶はミルクティーにする予定だ。自分の分はそのままで、フラッドの分は少し甘め。ティーバッグを引き上げ手慣れた動作で角砂糖を放り込み、マドラーを回したら牛乳を加えてまた回す。程よく混ざりきったら完成。
戸棚から適当にクッキーやチョコレートを見繕いお盆に乗せて、シャロレーはいそいそと部屋に戻る。フラッドは座卓に設計図を広げている最中で、筒状にして持ってきたからなのか丸まる四隅に苦戦していた。
「重しいる?」
「あると嬉しいかな〜? ……と、おかえり〜」
こちらを見て笑顔になるフラッドはなんだか機嫌が良さそうで、シャロレーは少し嬉しくなる。あまり行儀は良くないかもしれないが、設計図が汚れてしまっては困るので、座卓の脇にミルクティーとお菓子の乗ったお盆を置いた。
ひとまず設計図をペンケースとスマホで固定し二人でそれを覗き込む。
「こりゃまたすんごいの持ってきたな〜」
「考えてたら楽しくなっちゃってね」
照れくさそうに笑ってから、フラッドは意気揚々とその設計図や作成する目的、それに付随するメリットなどをプレゼンし始めた。身振り手振り、表情、声音。そのすべてが本当に楽しそうで。
「……ふふ」
「?」
頬がゆるみ、思わずこぼれた笑い声に、フラッドがニコニコとしたまま首を傾げる。その様子もなんだか微笑ましくて、シャロレーの笑みがさらに深くなった。
「え、なになに、何かおかしなところでもあったかな」
「んーん、そういうんじゃない! 続けて続けて」
「え〜……?」
まぁキミがそう言うなら、とフラッドは説明を再開する。設計図を指差し、何かを書き込み、時折反応を確認するようにこちらへ向けられる青い瞳。それにうんうんと頷けば、その青は満足げに細まり視線は再度机の上へ。
冷静で穏やかなフラッドがいつも以上に表情豊かになるのは、その想像力が生み出した愉快な創造計画を誰かに語り聞かせるときだった。そしてその誰かとは大抵がシャロレーであり、シャロレーはフラッドが楽しそうに話すその内容と、話している最中の彼の生き生きとした様子が好きで好きでたまらなかった。
それもそのはず、フラッドと友達になりたいと思ったきっかけ、その隣に居たいと望むようになった理由のひとつがそれなのだから。
「……っていう感じなんだけど、どうだろう!」
説明を終えたフラッドが頬を僅かに紅潮させながら問いかける。自分を真っ直ぐに見据えるきらきら輝く空色に一瞬だけ見惚れてから、
「いいと思う! めちゃくちゃ面白いじゃん、こことかもっと目立たせたらどうだろ?」
「あぁ、それはいいね! じゃあここはこうで……」
彼の「楽しい」がもっとふくらめばいいと思って、設計図を見ながらああでもない、こうでもないと談義する。俺のちょっとした提案も拾ってさらに広げてくれるフラッドは間違いなく天才だ、とシャロレーは何回目かもわからないその感想を心の中に留めておく。
話を聞いて、同じものを見て、楽しいことを共有して。関係性の名前が変わっても、こんなやりとりは出会ったあの日からずっと変わらず――彼がそうぞうする世界の一部に、少しでも自分の色が含まれることが、今もこんなに嬉しくて。
楽しい時間はどんどんと過ぎて、青かった空は紫がかり、やがて黒い夜空へと移り変わっていく。
電気はつけてもカーテンはすっかり閉め忘れたまま、嬉しそうに話し続ける彼らのことを、冷めてしまった二杯のミルクティーが静かに見守っていた。