【ほしあす】教えて先輩!

「あ、せんぱーい!! レオン先輩!!」
とある放課後。きょろきょろと夏寮付近を歩き回っていたシャロレーは、目当ての人物の背中を見つけて声をかける。のっそりと、心なしか気だるそうに彼――夏寮寮長、獅子座のレオン・ウォルドが振り向いた。
レオンはシャロレーが所属するバスケットボール部の先輩で、学園内で最も尊敬する人物の一人だ。やや乱暴な物言いで、機嫌によって振り回されることもしばしばあるが、勝負ごとに対するストイックな姿勢にシャロレーは共感と憧れをもって接している。
元気よく駆け寄ってきたシャロレーを見下ろし、レオンはあくび交じりに問いかけた。
「なんか用か」
「そうです! 先輩、マック行きませんか!?」
「ハァ?」
唐突な誘いにレオンの片眉が上がる。今はテスト期間、部活でもないのに声をかけてきて、用事と言えば外食。いったいなんだと考えあぐねているような表情だった。それに気づいたシャロレーは言葉を続ける。
「勉強教えてください! 先輩にしか頼めないんす!」
「あァ……
そういうことか、と腑に落ちたようだ。バスケ部は部活だけでなく勉強にも力を入れる、文武両道を是としている。だからテスト勉強をするというのはきっとレオンにも納得の話で、まぁ、シャロレーの場合はそうでなくてもテスト対策はしっかりこなすのだが。
レオンは何か答えようと口を開き、一旦閉じて、それから怪訝そうに言う。
「高一どもでつるんでよく勉強会してんじャねェか。それはどうした」
シャロレーはレオンがそれを知っているということが意外で、思わず目を丸くした。が、夏寮の副寮長は三人のうち二人が自分と同学年で、しかもひとりは獅子座の席についている。それであれば彼ら経由でレオンが把握していてもおかしくはないか、と思い直す。
誘うにあたって痛いところを突かれたなとシャロレーは苦笑し、特に隠すことでもないので素直に白状した。
「みんなとやるのもいいんすけど、ほら、緊張感無いじゃないっすか」
脳裏に過ぎるのは会議などで何度か目にした高校一年生の寮長や副寮長たちの姿。確かに場をきっちりと締めていくようなタイプはいない気がして、レオンは微かに卒業後のことが心配になる。
「たまにだらけちゃうこととかありますし、でも今回はちゃんと勉強しときたくて!」
この通り、とシャロレーが両手を合わせてレオンを見上げる。レオンはと言えばその様を見て、スマートフォンの画面を見て、それから深々とため息をついた。
……しャーねーな、行くぞ」
「やった~!! ありがとーございます、先輩!」
シャロレーにとっては幸いか、自分を頼って教えを乞いにくる後輩を無下にするほど機嫌が悪い、というわけではなかったようだ。レオンは寮から踵を返して校門へ向かって歩き始める。シャロレーも遅れないように続き、少し早足になってその隣に並んだ。
「あ、そうだ、先輩用事なかったですか?」
「あッたら断るに決まッてんだろうが」
「それもそうか!」
……
少し考えればわかるような質問をしてレオンに何とも言えない顔を返される。普段はほとんど部活でしか接点がない、尊敬する先輩との勉強会に相当浮かれているらしい。うきうきとご機嫌に歩くシャロレーに、今度はレオンが質問をする。
「で、教科は? 社会とか言ッたら放りだすぞ」
あんなの暗記しろとしか言えねェからな、と釘を刺され、シャロレーは「違いますよ!」と慌てて否定した。
「数Aです! やっぱ確率が苦手でぇ……
「あァあれか」
「そう、あれっす! でもでも今回のテストはハロハロがかかってるんすよ!」
「ハロハロ」
といえば、かき氷にゼリーと果物とソフトクリームが乗っている、コンビニに売っているあれか。しかし何故急にそのコンビニスイーツが出てくるのか。レオンの疑問に答えるため……ではなさそうだが、シャロレーがとても楽しげに言う。
「合計点で勝負して、勝ったら奢ってもらうんです! 前回は負けちゃってー……でも二連敗とか嫌じゃないっすか!?」
「おう」
その勝負している相手が誰かなど聞くまでもなかった。シャロレーは非常に負けず嫌いだが、あののんびりとしていそうな友人たち相手に勝負事を無理強いする性格ではない、とレオンはわかっているつもりだし、であればそういう遊びをする相手などひとりしかいない。……はずだ。
「だから今回はちゃんと勉強して、わかんないとこ先輩にばっちり聞いて、そんであいつにハロハロ奢らせる!」
そんなシャロレーの話を半分程度の真面目さで聞き、思考にチラつく空色の視線を払い。ガッツポーズを見せる彼の頭を雑に撫ぜてレオンはにやりと笑ってみせる。
「そうかそうか、この俺に教わッて負けたなんざ聞いたらただじゃおかねェぞ」
「もちろんっすよ! 絶対勝ちますし! 見ててください!!」
「負けたらそうだな、ビッグマックでも奢らせッからな」
「えぇ、後輩にたかるんすか!?」
「うるせェ、勝ちャあいいだろうが」
「ぐ……、あっでも、そしたら先輩とまた飯に行けますね!?」
それはそれで、となんだか嬉しそうな後輩に、完全にケツの叩き方を間違えたなとレオンは肩を竦めるのだった。