【ほしあす】閑話

「ずっと隣にいてほしいからさ、シャロレークンの人生ちょうだい」

そう言われたとき、シャロレーはソーダ味のアイスを食べていた。
セミが鳴き、空には飛行機雲。陽炎が揺れて生温い風が肌をなぞる、茹だるような夏の、何でもない日のことだった。
暑さにぼんやりとする頭では突然放たれた言葉の処理が追いつかなくて、シャロレーはそれを言った張本人、フラッドの顔を何とも言えない顔で見るしかできなかった。
ずっと隣にいてほしい。そうか、まぁ、フラッドにもそう思う人くらいいるだろう。だがここにはふたりしかいないし、その片割れである彼はと言えば、真っ直ぐこちらを見据えている。
……今、フラッドはなんと言った? 己の聞き間違いでなければ、暑さが聞かせた幻聴でなければ、彼が名前を呼んだのは。
食べ損ねたアイスの最後の一欠片が地面に溶け落ち、そしてそれとほぼ同時に、シャロレーは手にしていたそのアイスの棒を地面に取り落とした。
動揺に視界が僅かに揺れる。堪らなくなって思わず顔を両手で覆う。指の間から、地面に落ちたアイスの影が、ジワジワと消えていくのが見える。
落ち着こう。深呼吸しても、とても思考はまとまらない。それに気付いたフラッドが隣で何かを言っているが、その声もどこか遠くに感じた。

――シャロレーにとってフラッドとは、一番の友達と呼んでも過言ではないほどの存在だった。
知り合うきっかけこそ人生で一、二を争う奇抜さだったが、それが気に入って声をかけ距離を縮めていけば、彼もなんてことはない自分と同じ学生で。
楽しいこと、面白いこと、興味があること。フラッドのアイデアはそのどれもがシャロレーの好奇心をくすぐるもので、二つ返事で提案に乗るほどだった。
テストがあれば合計点を競い合い、放課後はあちこち遊び歩いて、長期休暇はローカル線の旅なんてしちゃったりして。
こいつといれば、学校生活がもっと楽しく、刺激的なものになる。
その直感を信じて選んだ道が、まさかこんなに充実した日々と無二の親友を用意してくれているなんて、誰が想像していただろうか。
一緒にいれば何でもない日だって楽しくて、願うなら、叶うなら――そう、ずっと隣に居たいくらい。
そんな親友が言った言葉をもう一度頭の中で反芻する。顔が熱さのあまり爆発しそうだった。
だって、人生が欲しいだなんてそんなの、まるでプロポーズみたいじゃないか!
フラッドのことは大好きだ、だけど自分と彼は男同士で、シャロレーは女の子が好きなはずだった。それなのに、親友と言えど男にそんなことを言われたのに、嫌だとも、気持ち悪いとも思えない。
それどころか考えれば考えるほど心臓の音はうるさくなって、フラッドも同じように一緒に居たいと思ってくれていたことが嬉しくて。思考と感情がごちゃごちゃになって、なんだか涙まで出てきそうになる。

……シャロレー?」
隣から心配そうに呼びかける声がした。そろりと手の隙間からそちらを見れば、心配そうな、緊張したような、それでいてどこか切ないような、見たこともない表情をしたフラッドがそこにいる。
それがなんだかいたたまれなくて、
……俺で、いいの?」
何か言わないと、そう思って口にした言葉は、情けなくなるくらいに小さく震えていた。
こんなの自分らしくない。もっと明るく、はっきりと、顔をちゃんと見て言わなくちゃ。彼が隣にいてほしいのは、きっとそんないつも通りの自分だと思うから――
……うん、シャロレーがいい」
顔から手を外す間もなくフラッドが言った。息を継ぐ音に続きがあるのかと体が固まる。
「好きだよ、付き合って」
……ああ、もうだめだ、と思った。
いっそ冗談だよと笑われたかった。
それなのに彼は自分がいいと、好きだと言うし、こんな、ヒーローでありたいと謳う人間とは思えないようなみっともない姿を晒しているのに。
だけど、それならこれでもいいのかな。と完全に茹で上がった頭で考えて、もう一度顔を両手に埋め直す。

……よ、よろしくおねがいします……
もう、暫くこの手は外せない。